Space & Art / 空間とアート
THE VISUAL HISTORY OF SPACE / VOL. 01

空間とアート
建築と室内、
家具と作品。

なぜ、その空間はその形になったのか。土地、構造、信仰、商い、技術、身体、展示の歴史を、実物の図版と一次資料から読む。

5部・57章制作メンバー向け写真/図面/個体を区別
PDFを5分冊でダウンロード
The Metのダマスカス室の現在の展示
The Metropolitan Museum of Art, Damascus Room 1970.170, DP239312, Open Access (CC0)
HOW TO READ

写真は、入口。
部屋の歴史そのものではない。

建物、室、家具、什器、作品を別々の名詞として覚えるのではなく、同じ場所でどう関わるかを見る。各章は「図版で確かめられること」「記録から分かる成立条件」「まだ分からないこと」を分けて進む。

05土地から展示までの部
57問いから始まる章
01実物を読む共通の型
見る

全景と細部を往復し、目で確かめられる位置・形・表面を記す。

分ける

原位置、移築、再制作、後補、別個体の対照を図版の下で明示する。

判断する

材料・制度・用途の記録を照合し、写真から復元できないことも残す。

OFFLINE EDITION

PDFで読む。

5つの部を分冊でダウンロードできます。各PDFの目次から章へ移動できます。

TABLE OF CONTENTS

問いを選ぶ。

57章
PART I / 12 CHAPTERS

土地・構造・身体

CHAPTER 00写真、平面図、断面図、実物はそれぞれ何を証明するか一つの家を四つの証拠で読む。平面図は位置関係を、写真はある時点の表面を示すが、互いの欠落まで自動的には埋めないCHAPTER 01なぜアサンテの土壁建築は、補修とともに継がれてきたか土と木と竹による社を「古い外観」ではなく、儀礼、造形、補修する人たちがつなぐ建築として読む。CHAPTER 02なぜタオス・プエブロの家々は、積み重ねと塗り直しで続いてきたか段状の土造住宅群を静止した遺跡ではなく、当事者が居住と公開の境界を決める場所として読む。CHAPTER 03なぜ柱・梁・アーチ・ヴォールトは違う広がりを作るか柱と梁、格子アーチ、石・煉瓦のヴォールト、鉄の柱と桁を、別々の実物記録に戻して比べる。荷重をどこへ逃がすかが、CHAPTER 04なぜ中庭・縁側・軒下は「内」と「外」を一段に分けないか桂離宮の縁・庇、北京の特定住宅の三つの中庭、ダマスカスの移設客間を、異なる地域・時代・資料条件の境界として見比CHAPTER 05なぜ階段井戸は、水への道を彫刻の内部にしたか水を得る設備を、下りながら柱列・彫刻・井戸を見る建築として読む。今日の保存遺構を当時の稼働状態と混同しない。CHAPTER 06なぜ南インドの寺院は、祈りの経路と彫刻を都市に結んだか塔を遠望する図と柱廊・浮彫を近くで見る図を、同じ「寺院の写真」に溶かさず、聖所への接近と後世の変更として読む。CHAPTER 07なぜ礼拝の場所は、向き・光・音を別々に組み立てるか礼拝空間を一つの外形で分類せず、礼拝の向き、昼光の経路、音源と室の関係を別々の一次資料で読む。CHAPTER 08なぜ歴史的なモスクは、祈りの方向と都市の中心を同時に形にしたか二つの歴史的な場所を、柱列と中庭の似た写真でひとくくりにせず、祈りの向き・都市との接続・増築の履歴から比較するCHAPTER 09なぜ座る・寝る・しまう家具は、人の関係を形にするか家具を椅子の形態史として一列にせず、身体の間隔、私物の出し入れ、部屋との一体性を異なる個体で比べる。CHAPTER 10なぜ窓・格子・屏風は、光と風を通しながら視線を選ぶか孔の大きさ、木の格子、着色ガラスを別個体として比較し、透過・遮蔽・通風が同じ効果ではないことを読む。CHAPTER 11なぜ市場の固定店舗と月曜市の露店は、別の空間を組み立てるかKoudougouの固定店舗とDjennéの月曜市を、屋根・扉・通路と一時的な店先・広場の違いから読む。二つの
PART II / 14 CHAPTERS

部屋は誰のための世界を作ったか

CHAPTER 12なぜ古代都市は、広場・神殿・浴場を異なる公共の場にしたか同じポンペイのForum、Jupiter神殿、Apollo神域、Stabian Bathsを公式地図と各遺構のCHAPTER 13なぜローマの壁画は、壁の向こうの空間を描いたか「絵に描かれた柱」と「実際の壁」を近景で見分け、部屋全体で錯視がどう働くかを確かめる。CHAPTER 14なぜシンガポールのショップハウスは、住む・売る・歩くを重ねたか街路に面した一棟を、店先だけでなく屋根付き歩道、上階、奥の採光へつながる建物として読む。CHAPTER 15Te Hau ki Tūrangaは、誰の建物で、移動と展示を誰が決めるかRongowhakaataのTe Hau ki Tūrangaについて、公開された来歴・和解文書・博物館建物のCHAPTER 16なぜ客間は床、座具、棚、文字、光を一体にしたか実物を通して空間の成立条件を読む。CHAPTER 17歴史的商人住宅と現代の週末住宅で、外と内の境界はどう異なるかChettinadの街路から中庭へ続く住宅類型と、Palmyra House一棟の二つの建屋・水面・ルーバーをCHAPTER 18なぜ東アジアの木造は、軸・屋根・儀礼の関係を変えながら続いたか仏光寺の堂と像、法隆寺の二棟、昌徳宮の正殿と後苑、明清宮殿の軸線を、仏教寺院と王宮の異なる用途・地形・修理の歴CHAPTER 19なぜ書院は、絵を置く場所を建築の中に作ったか床の間は絵を掛けるための余白であると同時に、誰がどの位置で人と物を迎えるかを組み立てる造作だった。現存する二条CHAPTER 20なぜゴシック大聖堂は、構造と光を礼拝の経験へ結んだかシャルトルでは尖頭アーチ、リブ・ヴォールト、外側の支持とステンドグラスを分離して眺めない。構造・制作・礼拝が交CHAPTER 21なぜルネサンスは古代建築を再読し、透視図法と結び付けたか古代劇場の形式を学び直した建築と、遠くへ続くように見える舞台の街路を、同じ施設の別の制作判断として読む。CHAPTER 22なぜバロックは、到達する道筋と一室の経験を連動させたか宮殿の豪華さを天井の装飾量で説明せず、守衛室、控えの間、寝室、私的な部屋へ向かう道筋と入室資格から読む。CHAPTER 23なぜ庭園は、水と歩く順路で屋外にも「部屋」を作ったか門、軸、水路、植栽の区画が歩行を導く。ただしデリーの墓園とヴェルサイユの王宮庭園は、宗教・政治・水利の異なる計CHAPTER 24ロココの壁面と家具は、社交の場をどう組み立てたか曲線や金彩の好みだけを原因にせず、大広間の壁面、鏡、椅子の可能な配置、依頼主の社交と職人の仕事を分けて読む。CHAPTER 25なぜ新古典主義は、部屋と家具の秩序を組み替えたか1760〜70年代に、ウィーンのPalais PaarとパリのHôtel de Tesséでは異なる依頼と室内
PART III / 10 CHAPTERS

産業・商い・総合芸術

CHAPTER 26なぜ家具の図案は、職人と海を越えて移ったか本の線、工房の木、輸送される情報、土地ごとの再設計を区別する。印刷された図案は、同じ椅子を自動製造する命令書でCHAPTER 27なぜ鉄とガラスは、駅と博覧会に大きな屋内を作れたか反復する部材、輸送、組み立て、支持の仕組みが大空間を可能にした。ただし博覧会と駅では、建物に入る人も物も時間もCHAPTER 28なぜ給排水、ガス、電灯は室内の一日を変えたかまず一軒の富裕住宅で、電気、給水、浴室、使用人の仕事を同じ建物の履歴として読む。そこから社会全体の普及年を推定CHAPTER 29なぜ百貨店とショーウィンドウは街からの見方を設計したか窓は壁の穴ではなく、歩いてくる人の注意を止める小さな舞台である。商品台、文字、照明、歩道の関係を、図案と実景のCHAPTER 30なぜカフェの部屋は、食事・装飾・労働を一緒に設計したか食堂を「美しい客席」の写真だけで読まない。V&Aの三つの飲食室では、調理する炉、蒸気と臭いに耐える表面、価格のCHAPTER 31ラッフルズ・ホテルは、食堂と制服で上客の滞在をどう演出したか1899年の約500席の大食堂、約1902年の絵葉書、約1930年の会食写真、1930年代の制服上衣を通して、CHAPTER 32なぜアーツ・アンド・クラフツは部屋全体を手仕事の問題にしたか壁、家具、布、絵を別々の「装飾商品」にせず、家として暮らし、仲間と作り、工房へつながる場所として読む。CHAPTER 33なぜアール・ヌーヴォーとセセッションは別々に「総合」を求めたかHortaの住居兼工房とウィーン分離派会館を、曲線の似た様式として一括しない。前者は居住と設計実務を、後者は保CHAPTER 34なぜ曲げ木、鋼管、合板は椅子の姿と流通を変えたか曲げ木、金属管、積層板を一列の「進歩した椅子」にしない。それぞれの曲げる工程、部品、輸送、座り方を個体で比較すCHAPTER 35なぜアール・デコは都市の娯楽・住まい・家具をまたいで広がったか1925年パリ博覧会だけを起点にしない。港湾都市の拡張、映画館の娯楽、海沿いの住宅、材料と図柄を別々の条件から
PART IV / 13 CHAPTERS

近代を問い直す建物と室内

CHAPTER 36なぜライトは、建物・窓・家具を連続するものと考えたかLittle家の施主、湖の眺望、演奏の用途が、Wrightの図案を変えた。館内に移された居間を原位置の景色と混CHAPTER 37なぜデ・ステイルは、部屋を固定した箱として扱わなかったか色面、窓、可動壁を住む人の動きとともに見る。抽象画を三次元に置いたという一方向の説明を避ける。CHAPTER 38なぜバウハウスは、工房・授業・試作・建物を結ぼうとしたか学校を「白い箱と鋼管椅子」の一様式で覚えない。授業で何を試し、工房で何を作り、都市と産業へどう接続したかを、校CHAPTER 39なぜ近代建築は、個人の住宅から集合住宅と都市の問題へ広がったかサヴォア邸、マルセイユのユニテ・ダビタシオン、チャンディガールの公共施設を、異なる依頼と制度の縮尺で読む。フラCHAPTER 40なぜ療養所は、病室の光・色・椅子まで設計したか結核療養の場として、建物の方角、患者の姿勢、家具、室内色を連動させたパイミオ療養所を読む。身体のための設計を、CHAPTER 41なぜ標準化した台所は「誰が家事をするか」を含んでいたかフランクフルト・キッチンを便利な台所の祖型として称賛するだけでは、戦後の住宅政策と、設計が想定した家事労働の担CHAPTER 42バルメ図書館は、植民地期の創設から独立後のレゴンへどう移ったかガーナ大学のBalme Libraryは1948年に図書館として始まり、現在のレゴンの建物には1959年に移っCHAPTER 43なぜ戦後の住宅は、規格部材を場所に合わせて組み替えたかイームズ邸を一枚のファサード写真で「工業化された住宅」と呼ばない。既製の部材を使いながら敷地と生活に応じて計画CHAPTER 44なぜ室内装飾家はクラブの部屋ごとに異なる表情をつくったか初代Colony Clubの現建物と、Elsie de Wolfeが1913年に出版した食堂・寝室・TrellCHAPTER 45なぜ戦後の公共建築は、コンクリートと歩く都市を前面に出したかバービカンを、粗いコンクリートの好みだけで覚えない。戦災後の再開発で、住居、学校、芸術施設、歩行路、車の道を一CHAPTER 46なぜヴァナ・ヴェンチューリ邸の正面は、親しみある家型をずらしたかVanna Venturi Houseの正面で見慣れた「家型」の破風と窓のずれを読み、側背面の写真でその記号がCHAPTER 47なぜバラガンは色、壁、庭を近代住宅の中心に置いたかBarragánの自邸・仕事場では、街に向けた外壁と、内側で変わる光・色・庭の順序が別の表情を持つ。同じ住宅のCHAPTER 48なぜガンドの学校群は、土と屋根の関係を建物ごとに試したか2001年の小学校、後年の増築、2011年建設中の図書室、2013年建設中の中等学校を同一の完成校舎と混同しな
PART V / 8 CHAPTERS

展示・商い・使い継ぎ

CHAPTER 49なぜ時代室の家具を外すと、見える歴史も変わるか展示室は作品を中立に置く容器ではない。壁面の密度、家具の有無、通路と説明文によって、何が「作品」で誰の生活を語CHAPTER 50なぜ同じ形のカウンターでも、座る権利は違ったかGreensboroの現存するカウンター部材と、同年Tallahasseeで撮られた座り込みの歴史写真を並べるCHAPTER 51なぜ棚・ケース・展示窓は、物への距離を変えるか同じ「並べる」でも、開放棚は手を伸ばす買物、ガラスケースは保存しながら見る鑑賞、窓は外を通る人への一方向の提示CHAPTER 52なぜ一枚の絵のために専用室と到達の軸線を組むかRijksmuseumの《夜警》専用室で、絵、柱、作品前の余地、来館者の位置を同一室の実景から読む。照度・床材CHAPTER 53なぜ見る・触れる・移動する権利は、展示ごとに設計し直すのか展示へのアクセスは一つの身体寸法から決まらない。GallaudetのDeafSpace原則を文書で確認し、別施CHAPTER 54なぜ建物の再利用は、形だけでなく所有を問うかケープタウンの旧穀物サイロを削って美術館にしたZeitz MOCAAの前後を写真で見る。RongowhakaaCHAPTER 55なぜ材料と接合の違いは、家具の寿命を変えるかUSM Hallerの鋼管・球・パネルを長く組み替える設計と、Nordwerk MC 205の切り出した段ボーCHAPTER 56同じ作品は、置かれる場所でどう違って見えるか同じ絵画が暖炉上に掛かるロンドンの私邸写真と、ワシントンの美術館写真をまず見比べる。絵だけでなく部屋も移動し、