Space & Art / 空間とアート
VOLUME 01 / PART II / CHAPTER 25

なぜ新古典主義は、部屋と家具の秩序を組み替えたか

1760〜70年代に、ウィーンのPalais PaarとパリのHôtel de Tesséでは異なる依頼と室内の答えが並行して生まれた。二室は別個体であり、一室の改装前後ではない。

フランス・パリのHôtel de Tessé/1768〜72年頃、The Met再設置;Palais Paarは別室実物・記録を見比べる出典 4 件
Hôtel de Tessé大サロン
The Metropolitan Museum of Art, Open Access · 個体:約 1768〜72、後補あり/所蔵・展示写真:撮影年未確認 · CC0 / Public Domain 図版情報
The Metropolitan Museum of Art, Open Access · 元資料
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パリの大サロンの区画を読む

The MetのHôtel de Tessé大サロンは1768〜72年頃のパリの内装部材を館内で再設置したもの。写真では壁のパネル割、古典風の線、鏡と開口の配置が見える。館の個票にある制作者、依頼主、後補、1783年室内目録を、表面の説明とつなぐ。目録はこの室がいつ、どのように使われ、何を備えていたかに近づく一次資料だが、現在展示される全家具が1783年にここにあったという意味ではない。再設置室の床や照明と原部材を分け、写真を原位置の「当時の全景」として扱わない。[1]

1783年目録は写真には写らない天蓋と椅子の数を伝える。現在の展示写真は壁面の形を伝える。この二つを合わせても当時の完全な内観にはならない。互いの不足を補う範囲を示すことが、史料に忠実な比較である。[1]

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1783年目録を現在の室内写真へ照合する

The MetのTessé大サロン個票は1783年の室内目録を引く。現在の展示写真に壁面装飾が見えても、どの家具が当時どこにあったかはその目録で検討するべきだ。逆に目録の品名だけでは素材の反射、壁の大きさ、通る身体の視線は分からない。写真と記録の間で一致する物、見つからない物、後世に移設された物を分ける。館内の展示室は依頼当時の生活を直接撮ったものではなく、部材を保存しながら再設置した空間である。[1]

同一対象大サロンの壁面・別角度個体:約 1768〜72、後補あり/所蔵・展示写真:撮影年未確認同じ部屋の区画・鏡・開口の関係を見る。The Metropolitan Museum of Art, Open Access · CC0 / Public Domain · 元資料[1]
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古典への関心を線だけで説明しない

古代研究や古典語彙の再評価は、直線や左右対称を好む選択と関係する。ただし古代発掘が単独で室を設計したのではない。依頼主の地位、都市住宅の接客、木工・彫刻・金工の分業が部屋の決定に関わる。Tesséの壁面は画面を等しい幅に区切るように見えるが、炉や鏡を中心に見る位置を作る点で第24章のPalais Paarと共通する。図版だけで「人の会話距離が変わった」「社交が自由になった」とは言えない。室の形から政治思想を直結させず、個体の文書に戻す。[1][2]

同一対象Tessé大サロン・扉と壁面区画個体:約 1768〜72、後補あり/所蔵・展示写真:撮影年未確認同じ大サロン再設置室。扉を軸にした壁面区画を別角度で読む。現在の座具配置を1783年そのままとしない。The Metropolitan Museum of Art, Open Access · Public Domain / The Met Open Access (CC0) · 元資料[1]

この室を知る鍵は1783年の目録にある。The Metの個票によると、部屋は「天蓋の間」と呼ばれ、窓の向かいの壁にテッセ家の紋章を付けた深紅の天蓋が置かれていた。二十九脚の椅子は赤系の異なる布で張られ、屏風、書棚、時計、家族の肖像、風景のタピスリーもあった。現在の再設置写真で目に入る絵と家具をそのまま目録の品と考えると、部屋の中心がずれる。現在絵が掛かる位置と、当時天蓋があったと記される位置を対照すれば、壁面の秩序は古典風の線だけでなく、誰をそこで迎えるかによって働いたことが分かる。窓の外にはセーヌ川やルーヴルが見えたと館は記すが、現在の美術館に同じ景色はない。[1][2]

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ほぼ同時期の二室を前後に並べない

ウィーンのPalais Paar壁面は1765〜72年頃、パリのTessé大サロンは1768〜72年頃の制作で、年代が大きく重なる。前者をロココ、後者を新古典主義と呼ぶとき、片方がもう片方を改装した証拠ではない。別都市・別依頼の室を左右に置けば、曲面や彫刻の密度、壁を区切る線、鏡の置き方が異なる選択として見える。様式の年表より先に、発注者、職人、都市、保存と移設の履歴を個票で確かめる。[1][2]

別個体・対照Palais Paar壁面個体:約 1765〜72、後補あり/所蔵・展示写真:撮影年未確認ウィーン由来の別室。Tesséの改修前ではない。The Metropolitan Museum of Art, Open Access · CC0 / Public Domain · 元資料[2]
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椅子と寝椅子を、部屋から独立した個体として置く

Georges Jacobの肘掛椅子は1780〜90年頃、同作家に帰属する寝椅子は1780〜85年頃の別個体で、どちらもTessé大サロンの原備品だと確認されていない。肘掛椅子の背・肘・脚、寝椅子の長い座面と木部の組み方を比べると、座る身体を一脚ずつ整える家具と、壁に埋め込まれた室の秩序の差が見える。白塗りや金彩という表面上の近さだけで同じ依頼主に結び付けない。家具の個票には作者帰属、年代、材質の情報があり、写真では見えない裏面や後補の有無も別に確認する。[1][3][4]

別個体・対照Georges Jacobの肘掛椅子個体:約 1780〜90/所蔵・展示写真:撮影年未確認1780〜90年頃の別個体。サロンの備品と確認されない。The Metropolitan Museum of Art, Open Access · CC0 / Public Domain · 元資料[3]

Tesséの部屋の木製パネルには、四つの鏡を囲む格天井状の凱旋門が透視図的に彫られ、月桂枝や花綱が付く。古代に由来する語彙はここで単純な「直線の勝利」ではなく、遠近の錯覚や権威の記号として働く。大理石の炉は原室のものとされる一方、館に置かれた肖像は後の展示選択である。1783年の目録で分かる深紅の天蓋と二十九脚の椅子は、現在の白い印象とは異なる室を想像させるが、その再現画像を根拠なく作らない。Palais Paarはほぼ同時期であり、ロココから新古典主義への変化を二つの部屋の「ビフォー/アフター」で表すことはできない。[1][3][4]

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ほぼ同時期の別の答えとする

Palais Paarの壁面はウィーンでおおむね1765〜72年、Tesséの大サロンはパリでおおむね1768〜72年。年が重なる二室を「ロココ室を改装して新古典主義室になった」前後写真として並べるのは誤りである。比較で言えるのは、同時期の別の依頼と場所において、曲線の働きや壁面区画が異なる選択をとったこと。個別椅子はさらに後年で、別個体だ。古代の参照、社会的な礼節、工房の仕事、素材の条件がどの作品にどう効いたかを各個票で追う。様式名は因果の結論ではなく、見るための仮の言葉として使う。[2][1][3][4]

個票は火災後の建替え、施主、建築家・請負人の分担、木工職人Nicolas Huyot、彫刻家Fixon親子の帰属の不確実さ、大理石の炉を担当したLe Francを分けて記す。制作の分業を「古典主義が突然流行した」の一言で覆わない。Palais Paarの壁面とは制作時期が重なり、二室の装飾差から単純な前後関係は作れない。Georges Jacobの椅子と寝椅子はさらに後の別個体で、Tesséの二十九脚のうちの一脚として写真へ貼り込まない。図版の役割は、同じ室の全景と細部、別室、別家具を四段階に分けて見せること。これが第16章の同一室中心の比較から進む小検証になる。[2][1][3][4]

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Jacobの座具から言えること

Georges Jacobの肘掛椅子と、同工房に帰属する寝椅子はTessé大サロンの旧備品という証拠がない別個体である。椅子の脚や背に古代参照を感じても、サロンの壁面と同じ設計者が全体を一括で構想したとは言えない。寝椅子は座るだけでなく身体を横たえる家具なので、同じ「座具」として姿を平均化しない。壁面と家具を比べる目的は、形式上の秩序が室の固定要素と動かせる物でどう違うかを確かめることにある。個票の日付と材、帰属の確実さを別々に残す。[3][4]

別個体・対照Georges Jacob帰属の寝椅子個体:約 1780〜85/所蔵・展示写真:撮影年未確認1780〜85年頃の別個体。室内の原配置に合成しない。The Metropolitan Museum of Art, Open Access · CC0 / Public Domain · 元資料[4]

Tesséの追加図版では扉の周りに規則的な壁面区画が反復し、椅子が壁に沿って置かれる。一方Palais Paarの現展示では曲がる縁と鏡が異なるリズムを作る。どちらの写真も館内再設置の時点で撮られたもので、パリとウィーンの原位置を同じ照明下で測った資料ではない。1783年目録が言及する物と、写真に見える物が一致するかは個別に検証する。二室の差を『ロココが終わって新古典主義になった』という一本の因果へしない。[3][4]

Jacob作の椅子とJacob帰属の寝椅子では、作者欄の確実さが同じではない。二つの個票を比較する前に『作』と『帰属』の表示を残す。Tessé大サロンの写真に別個体の椅子を隣接させても、その室の家具目録に含まれていたと推定しない。1783年目録の品名と図版の現展示を一対一で確かめることが必要である。[3][4]

READING PRACTICE

一枚に戻って考える

二室の全景を比べ、何を「変化」と言えて、何を言えないか。椅子の個票も使う。

照合の手がかり

壁面の区画と装飾語彙の差は言える。二室の年は重なり、別の依頼なので同一室の改装前後とは言えない。椅子も別個体。

言える範囲

第16章と違い、同一室の全景・細部に加えて異なる二室を比較する。原位置の同時代室内写真はなく、展示照明と原形を分ける。

SOURCE REGISTER

出典・図版

  1. [1] The Met, Grand Salon from the Hôtel de Tessé
    https://www.metmuseum.org/art/collection/search/199118
  2. [2] The Met, Palais Paar boiserie
    https://www.metmuseum.org/art/collection/search/202997
  3. [3] The Met, Jacob armchair
    https://www.metmuseum.org/art/collection/search/236123
  4. [4] The Met, Jacob daybed
    https://www.metmuseum.org/art/collection/search/203002