なぜ戦後の住宅は、規格部材を場所に合わせて組み替えたか
イームズ邸を一枚のファサード写真で「工業化された住宅」と呼ばない。既製の部材を使いながら敷地と生活に応じて計画を変えた履歴を読む。

Gunnar Klack · 住宅1949年竣工/写真: 2014年 · CC BY-SA 4.0 図版情報
外観の格子は何を示すか
Case Study House #8の外壁には鋼の格子と異なる色・透明度のパネルが見える。現在の外観写真からは、既製材を使って開口と壁を組み立てたこと、住宅と仕事場が並ぶことを観察できる。室内写真は展示された生活用品や造り付けと可動家具の関係を示すが、1949年の入居直後そのままとは限らない。イームズ財団は現在の保存と見学も担うため、写真は生活記録であると同時に保存・展示の記録である。まず三枚を同じ敷地の違う面として地図上に置き、色面だけをモンドリアンの絵画に似せて語る近道を避ける。[1]
外観を正面から見ると、パネルの色と金属の規則的なグリッドが際立つ。内部からは同じ枠が樹木と生活用品を区切る窓になる。Eames Foundationは、設計の変更時に既に調達していた鋼材を使い、敷地の斜面と草地を守る位置へ建物を置いたと記す。写真が示す軽やかな立面は、建築材料の供給遅延と現場の地形を選び直した結果でもある。最初のBridge House構想と竣工建物の図版を並べれば、単なる形の修正でなく敷地との関係の変更が分かる。[1]
現在の写真に家の格子が反復して見えても、1945年原案で想定した鋼材がそのまま同じ場所に使われた証拠ではない。形の共通性は完成案の観察、調達と設計変更はEames Officeの記録、生活用品の配置は保存された室内の別の時間層として三列にする。これによって「工業部品を使った住宅」が直ちに量産住宅の実績を意味しないと確認できる。[1]
格子の反復を敷地の中で見る
外観を複数の角度から追うと、細い鋼材の格子に異なる色・透過性のパネルがはまり、同時に家が斜面とユーカリの列に沿って置かれていることがわかる。格子は規格化された部材を使う意図を示すが、周囲の樹木まで規格化したわけではない。外観の隣に室内を置き、窓の外の緑と内部の生活用品を対応させる。家全体をどこへでも運べるキットと呼ばず、この敷地で何を残したかを確かめる。[1][2]
1945年の原案と1949年の変更
イームズ財団によれば、1945年にCharles EamesとEero Saarinenが「Bridge House」を設計し、工業製品のカタログから部材を発注した。戦争後の資材不足で鋼材到着が遅れる間に、CharlesとRay Eamesは草地を残す構成へ考え直した。同じ部材を使い、一部の鋼材を追加して二層の住宅と別棟スタジオへ組み替えた。つまり「規格」は形を機械的に決める制約だけではなく、場所へ調整する余地も持った。原案と完成形の図は同財団に掲載されるが、ここに再掲するなら個別の画像使用条件を確認する。現況写真だけを見て設計変更を読み取ったとは書かない。[1]
1945案と完成案は別の媒体で確認する
住宅の実験は量産の達成ではない
Arts & Architecture誌のCase Study House計画は、戦後の生活に応じる住宅を材料・技術から考える実験だった。#8は実際にCharlesとRayの住居兼仕事場となったが、個別の敷地、二人の仕事、収集品で育った一軒である。イームズ・オフィス自身も、この住宅は量産住宅にはならず、一点ものにとどまったと記す。部品化への志向、現地での施工、住み方の可変性を、それぞれ別の達成として評価する。次章のKnoll Planning Unitの企業オフィスは「変えられる職場」という関連する問いを持つが、発注者、収益構造、勤務者の数が異なるため一つの空間類型としてまとめない。[1][2][3]
住宅内の物は規格化の反対側の証拠
誰が使い、誰が設計したか
Case Study Houseの紹介ではCharlesとRayの共同の生活・制作に焦点が当たる。一方、初期案にEero Saarinenが関わった事実を落とすと、完成形までの判断過程が消える。室内の物も全てが二人の設計品ではなく、収集・贈与・移動の履歴を持つ。写真の格子に家具の形を無理に従属させず、工業部材の反復の中に異種の物が入る緊張を見る。生活空間の写真から他の戦後家庭の標準像を導くことはできない。建物を使う人の固有性と、反復可能な部材を同じフレームに収めたところに、この住宅の学習価値がある。[1]
住宅は展示されると、よく整えられた室内の一瞬に見える。Eames Houseでは、CharlesとRayが長く暮らし、物を集め、制作を続けた時間を写真から消さない。Eames Foundationの歴史説明には、設計が一度で決まらず、鋼材の調達と敷地の再考によって変わった経緯がある。最初の案と竣工後を図面で比較すれば、規格材の使い方と建物の地面への置き方を別々に説明できる。内部写真にある品を生活の痕跡として読む際も、来歴が不明な工芸品を家の設計者の作品にしない。モジュール化は物を無個性にするというより、生活の変化を受け入れる骨組みを作る可能性を示した。ただし量産の実績は別の資料で確かめる。[1]
Eames Houseの保存写真で室内の物を数える時、収集物がいつ置かれたかは個別に確かめる。生活の時間はパネルの規格と違い、同じ位置に留まらないからだ。Case Study Houseの建築年1949年と写真の撮影年を並べ、窓の外の樹木や内部の品が後に変化した可能性を残す。[1]
一枚に戻って考える
完成したEames Houseの外・内実景で反復する部材とこの敷地固有の条件を分け、1945年原案との差はEames Officeの文書からのみ二点補え。
照合の手がかり
写真は完成住宅の格子、パネル、周辺樹木を示す。1945年原案の形、鋼材の調達遅延、1949年の設計変更はEames Officeの文書に依拠する。
考える手がかり:写真は完成住宅の格子、パネル、周辺樹木を示す。1945年原案の形、鋼材の調達遅延、1949年の設計変更はEames Officeの文書に依拠する。
掲載図は1949年完成のEames Houseの現況を示す。1945年のBridge House原案の形や、その案からの具体的な変更は、これらの現況写真では比較できない。
出典・図版
- [1] Eames Foundation, Case Study House #8
https://eamesfoundation.org/work/case-study-house-8/ - [2] Eames Office, The Modular House
https://www.eamesoffice.com/modular-house/ - [3] www.knoll.com
https://www.knoll.com/story/shop/the-planning-unit - [4] Gunnar Klack
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Eames-House-Case-Study-House-No-8-Pacific-Palisades-California-04-2014b.jpg - [5] edward stojakovic
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Eames_House_Interior.jpg - [6] Gunnar Klack
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Eames-House-Case-Study-House-No-8-Pacific-Palisades-California-04-2014d.jpg - [7] Kyle
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Case_Study_House_8_(Eames_House)_(49841751998).jpg - [8] edward stojakovic
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Eames_House_from_above_(14205168324).jpg