なぜ庭園は、水と歩く順路で屋外にも「部屋」を作ったか
門、軸、水路、植栽の区画が歩行を導く。ただしデリーの墓園とヴェルサイユの王宮庭園は、宗教・政治・水利の異なる計画である。

Dennis G. Jarvis / Wikimedia Commons · フマユーン廟庭園:16世紀/ヴェルサイユ庭園:17世紀以降/撮影:2007年 · CC BY-SA 2.0 図版情報
デリーでは門と墓と水路を結ぶ
UNESCOは1570年に建てられたフマユーン廟をインド亜大陸の初期の大規模な庭園墓所と位置づける。門から廟へ向かう正面軸と四分された庭、水路は、単なる植物の飾りではなく、死者を記念する建築と歩く場所を一体にする。上空からの写真や平面で対称の区画を見た後、地上の水路・石敷を見れば、図面上の線が歩く身体にとって障壁、道、視線の誘導になることが分かる。ただし現況の植栽を1570年当初のままとしない。写真で水が流れていることは、何世紀も同じ水利が動いていた証拠ではない。[1]
水景は写真の中では一瞬で見えるが、流し続けるには水源、勾配、清掃、修理が要る。庭園の美しさを考えるとき、毎日の維持を写真の外へ追いやらない。復元した水路を設計者の原意と同一視しない。[1]
デリーの水路は現況だけでは読めない
保存の仕事が見え方を変える
Aga Khan Trust for Cultureの修復記録は、長く機能しなかった水路や庭園の調査・復元を記す。復元後の水面は設計の意図を考える助けになるが、撮影された水を創建時から続く実景と呼ばない。水路の底、排水の勾配、修理箇所を知るには発掘・保存報告が必要であり、観光写真では十分ではない。庭園を「自然」として眺めると、井戸、水管理、植替え、清掃を行う人の仕事が消える。建物の前の空地がどのように維持され、何が失われ、何を再建したかという時間を、同じ場所の資料を並べて読む。[1][2]
王の庭園案内は誰の歩行を示すか
ヴェルサイユは複数の小空間を持つ
ヴェルサイユ宮殿の庭園では、長い軸線と噴水に加え、木立に囲まれたグローブが個別の空間を作る。宮殿はこれらを屋外のサロンとして使った歴史を記す。ルイ14世が1689〜1705年に作成・改訂した庭園の案内は、どの順に歩いて何を見るかを示す同時代の一次文書である。案内に書かれた道筋は、全来訪者が実際に歩いた唯一の経路ではない。平面では区画の並びを、現況写真では囲われ方や水と像の距離を比べる。後世の植栽・水景の変更を含む今日の庭園を、一年の完成形として扱わない。[3][4]
似た対称でも、同一起源とはしない
二枚のヴェルサイユ図版も同一地点ではない
1730年の版画は舞踏の木立を描き、現況写真は列柱廊の木立を撮っている。どちらもヴェルサイユ庭園に属するが、前後比較の同一地点ではない。版画が示す催しの表象と、現在の列柱廊の歩行可能な形を二種類の証拠として使う。デリー側にも門からの軸写真と説明平面という異なる資料がある。両庭を対称の形だけで結ばず、前者の墓と庭の軸、後者の王宮と木立を巡る選択された経路、水を保つ制度を区別する。具体的な水利構造を比較するには両地の設備図と調査報告を要する。[3][1]
列柱廊の木立の二枚の現況写真は2011年と2012年で視点が違う。水や植栽の状態差を17世紀の改造史と短絡しない。舞踏の木立の1730年版画は別の木立で、催しの場のイメージとして使う。デリーの入口軸を歩くことと、ヴェルサイユの木立を巡ることは同じ『庭園の動線』でも、墓への向きと王宮の見せる順序が異なる。Aga Khanの修復報告とルイ14世の案内文を並べ、設計の意図、保存の手順、来訪者の実際の歩行を三種類の記録に分ける。[3][1]
フマユーン廟の平面模式図は後年の説明図で、入口からの写真は保存後の現況である。両方を重ねると四分の線と歩く軸が確認できるが、16世紀の植栽の種類は分からない。ヴェルサイユの現況写真も17世紀の植栽の再現ではない。図が示す配置、写真が示す現在、文書が示す意図を違う色で記録する。[3][1]
一枚に戻って考える
デリーとヴェルサイユの図版で似て見える要素を二つ挙げ、そこから直接の影響関係を言えない理由を述べる。
照合の手がかり
軸線と水路・水景が似て見えても、用途、制作時期、水利、政治・宗教条件が異なる。共通形だけでは伝播の資料にならない。
考える手がかり:軸線と水路・水景が似て見えても、用途、制作時期、水利、政治・宗教条件が異なる。共通形だけでは伝播の資料にならない。
1730年版画は当時の表象であり、その場の実測記録ではない。現在の園路と水の状態も、当時の使われ方をそのまま示さない。
出典・図版
- [1] UNESCO, Humayun’s Tomb
https://whc.unesco.org/en/list/232/ - [2] Aga Khan Trust for Culture, garden restoration
https://static.the.akdn/53832/1641873562-2007_aktc.pdf - [3] Château de Versailles, The Groves
https://en.chateauversailles.fr/discover/estate/gardens/groves - [4] Château de Versailles, Louis XIV guide to gardens
https://en.chateauversailles.fr/discover/history/key-dates/louis-xiv-guide-gardens-versailles - [5] Dennis G. Jarvis / Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Humayun_Tomb%2C_Delhi%2C_from_the_entrance_portal.jpg - [6] BilliTheCat / Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Humayun%27s_Tomb_Garden_Enclosure_Plan.svg - [7] Naveen R Gowda / Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Humayun%27s_Tomb%2C_Delhi_1.jpg - [8] Unknown artist Unknown artist / Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Print%2C_Versailles%2C_Groves_of_the_Garden%2C_the_Ballroom%2C_1730_%28CH_18478131%29.jpg - [9] Jean-Pierre Dalbéra from Paris, France / Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Le_bosquet_de_la_colonnade_(Versailles)_(8038725499).jpg - [10] Coyau / Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Parc_de_Versailles,_Bosquet_de_la_colonnade,_Vue_d'ensemble.jpg