Space & Art / 空間とアート
VOLUME 01 / PART II / CHAPTER 13

なぜローマの壁画は、壁の向こうの空間を描いたか

「絵に描かれた柱」と「実際の壁」を近景で見分け、部屋全体で錯視がどう働くかを確かめる。

イタリア・ボスコレアーレ/Villa of P. Fannius Synistorの寝室M、紀元前50〜40年ごろ、現展示はThe Met実物・記録を見比べる出典 3 件
寝室M/現在の全景
The Metropolitan Museum of Art, Open Access · ca. 50–40 BCE制作。展示写真の撮影年未確認 · Public Domain / The Met Open Access CC0 図版情報
The Metropolitan Museum of Art, Open Access · 元資料
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一室としての壁画

The MetはボスコレアーレのVilla of P. Fannius Synistorから移された寝室Mを、紀元前50〜40年ごろの壁画を含む室として展示する。79年のヴェスヴィオ噴火で埋まった邸宅の一室である。収蔵個票は後壁に欄干、樹木棚、泉のある洞窟を描き、側壁に中庭や列柱のある都市景を重ねたと説明する。これらは現実の窓の向こうの景色ではなく、実際の壁面に描かれた建築である。現在の全景では床と開口も一緒に見えるが、美術館での再設置の状態を原住宅の完全な姿と取り違えない。部屋としての大きさと、絵がつくる奥行きは別の次元である。[1]

寝室Mを空間の錯視として見るときは、まず実体の壁と描かれた建築の境目を一箇所ずつ指す。The Metの全景では実際の壁面が室を閉じるが、壁画内の欄干や柱、遠景の建物が別の奥行きを示す。細部写真には絵の具の筆致、欠損、修復の痕跡が同時に見えるため、単に「窓が広がる」と言うのではなく、物理的に平らな面がどの線と陰影で遠近を作るかを説明できる。窓の際を写す画像では、実際の開口と絵に描いた開口を混同しない。寝台を想定した壁面構成というThe Metの説明も、現代の展示に寝台が置かれているという意味ではない。部屋を横切る身体の位置を仮定するなら、どこを歩けるかを現存する壁と床の寸法に照らす。[1]

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実開口と描かれた開口を分ける

Boscorealeの寝室Mでは、実際の窓の四辺と、壁面に描かれた柱・建物が同じ視野に入る。窓周囲の別図を足した理由は、実壁に開いた穴と、塗られた面の向こうにあるように見える架空の奥行きを区別するためである。The Metの個票はこの室を紀元前50–40年頃の壁画として示し、現館では部屋を再構成して展示している。画面に描かれた建築が現実の別の建物の精密な設計図だとは言えない。柱の陰影や遠景の壁をどう描いたかという観察と、当時の人がどの位置から見たかという推定は分ける。移設展示の照明で得られる色と影を、原位置の昼光へそのまま戻さない。[1]

同一対象同室/壁画一面ca. 50–40 BCE制作。展示写真の撮影年未確認描かれた建築の層を正面から見る。 ca. 50–40 BCE制作。展示写真の撮影年未確認。The Metropolitan Museum of Art, Open Access · Public Domain / The Met Open Access CC0 · 元資料[1]
同一対象同室/窓の際ca. 50–40 BCE制作。展示写真の撮影年未確認壁画と実際の窓の接続。現在の展示状態。 ca. 50–40 BCE制作。展示写真の撮影年未確認。The Metropolitan Museum of Art, Open Access · Public Domain / The Met Open Access CC0 · 元資料[1]
同一対象寝室M/窓周囲の壁画作品紀元前50–40年頃、撮影年未確認同じ移設寝室の窓と周囲の描かれた建築を示す。実開口と架空の列柱を分ける。 作品紀元前50–40年頃、撮影年未確認。The Metropolitan Museum of Art / Open Access · Public domain · 元資料[1]

Metの個票にはこの部屋の画像が多数あるが、数が多いことを「古代の全景を完全復元できる」ことと取り違えない。窓のある壁、描かれた柱の細部、移設後の全景を組み合わせても、元の家の外光や隣室は失われた資料である。古代の壁面は建築的な幻影を描き、現在の美術館はその壁をもう一度室として組む。実開口、絵の中の開口、移設展示の開口を三層で指し示せると、この事例の錯視と保存の両方が見える。[1]

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なぜ壁を越えるように描くか

側壁の絵には、描かれた柱、欄干、扉、遠方の建物が層をなす。見る人は実際の寝室の壁に囲まれながら、壁の向こうへ別の空間が続くように感じる。寝台を置く位置に対応した壁面区分もThe Metの説明にある。絵を単独のキャンバスとして切り取ると、出入口、天井、床との接続が失われる。逆に全景だけを見ても、どこが石や木の実体で、どこが顔料による柱か判別しにくい。全景と同じ壁の近景を往復し、線の連続がどう立体らしさをつくるかを特定する。絵に見える都市が実在の特定都市を写したとまでは言えない。[1]

同一対象同壁画/建築細部ca. 50–40 BCE制作。展示写真の撮影年未確認描かれた列柱と樹木の近景。 ca. 50–40 BCE制作。展示写真の撮影年未確認。The Metropolitan Museum of Art, Open Access · Public Domain / The Met Open Access CC0 · 元資料[1]

壁画を遠近法の一語で説明すると、現実の寝室の壁がどこにあり、描かれた柱や欄干がどこから始まるかという作品の工夫を見落とす。The Metの多数の写真は全景から部分まで倍率を変えることができる。まず全景で四方の壁と実際の開口を確認し、次に一面の絵の建築を指し、最後に筆致や欠損が分かる近景へ進む。逆順に戻ると、細部で実物の壁だったものが全景では遠景の建築に見える理由が分かる。これがこの室を平面絵画の集合としてでなく、身体を囲む装置として読む手順である。修復された面や展示上の組み立ては制作当初と区別する。[1]

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部屋全体の効果と一枚の壁の効果

壁画を切り出した細部写真は筆触や建築モチーフを確認しやすいが、部屋へ入った身体を囲む作用は全景写真でしかつかみにくい。逆に全景では遠い壁の細部が読めない。Metの多くの画像は同じ一室を違う切り取り方で記録するため、別室の比較として数えない。正面の壁、側壁、窓際を順に見て、線が角でどう続き、どこで途切れるかをたどる。絵の奥行きが室の寸法を変えて見せると述べるなら、実壁の位置と描かれた柱を区別した上で、どの視点からそう見えるかを示す。すべての位置から同じ錯視が成立すると一般化しない。写真は壁画を見やすく切り取っているが、来訪者の歩行順まで記録した映像ではない。[1]

同一対象寝室M/描かれた建築作品紀元前50–40年頃、撮影年未確認同じ寝室Mの壁画を別の切り取りで示す。写真の構図だけで実壁のどの位置か断定せず、Met個票の全景と照合する。作品は紀元前50–40年頃、撮影年未確認。The Metropolitan Museum of Art / Open Access · Public domain · 元資料[1]
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保存され、移された室

The Metの所蔵個票は壁画が発掘地の邸宅から移され、現在館内に置かれていることを示す。同館の2010年公開ページは、2007年の再展示の調査でボスコレアーレの邸宅の仮想モデルを作ったと記す。仮想モデルは研究に基づく再構成で、古代の室内を撮影した記録ではない。壁画の表面には欠損と修復の履歴がある。全景写真にある現代の照明、床、手すりなどは古代の寝室の要素ではない。近景で描かれた柱頭と実際の壁面の傷を一緒に見れば、錯視の意図と物としての壁画の経年が同時に分かる。個票の多数の画像には一枚ごとに壁・部分・撮影範囲の違いがある。六図を並べる際、同じ部分の連続拡大か、別の壁かをキャプションで明示する。[1][2][3]

この室の比較軸は、壁画の「外」を現実の都市へ結び付けることではない。描かれた都市景や庭は、寝室にいる人が見ることを意図された構図として理解できるが、ボスコレアーレの実際の窓から同じ景色が見えた証拠ではない。79年の埋没、近代の発掘、壁画の移送、The Metでの設置という異なる時間の層をたどることで、現在の室内写真の意味も変わる。写真に写る鑑賞者用の床や照明を古代の室内設計に含めない。壁画の色調も撮影光によって変わるため、顔料の原初の色を写真だけで再現しない。制作上の学びは「遠近法を使う」という抽象句ではなく、実際の開口と描かれた開口の境界をどこで接続し、どこで切るかという具体的な選択にある。[1][2][3]

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保存と移設が作る第二の空間

現在のMetの展示室にある寝室Mは、原位置から切り離されて保存・再構成された室である。この移動により壁画そのものを近くで見られる一方、Villa of P. Fannius Synistorの敷地、外光、隣室への接続は現地と異なる。所蔵館の個票にある来歴と制作年代を参照する。The Metが2007年に更新した展示と、研究で作った仮想モデルも、古代の住居の直接記録とは区別する。展示時の床・照明を紀元前の確実な復元としない。描かれた柱は「壁の向こう」を見せるが、現代の展示もまた原位置にない新しい周囲を与えている。二つの層を合わせて読むと、壁画の錯視を単なる遠近法の技術史にせず、作品が置かれる建築条件の変化として考えられる。制作現場で壁画を参照するなら、平面上の画面だけでなく、見る高さと部屋の出入口を測る必要がある。[1][2]

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限界

壁画の写真から、古代の寝台の実際の材、入室した人々、日中の照度は分からない。画面の色も発掘・保存・撮影を経た現在の見え方である。「古代ローマ人は皆この部屋で暮らした」と一例から一般化しない。[1]

移築室の写真は展示を記録する。展示の四壁を一続きに見られても、移送時に失われた部分がある可能性を消さない。The Metの個票に示されない元の寝台や窓の材を、絵が示唆する形から創作して書き足さない。修復と原作の境界は保存資料で確認する。[1]

移築された壁画の現在の展示室と、古代の寝室の残存部位を区別する。[1]

READING PRACTICE

一枚に戻って考える

全景と二つの近景で、実際の開口と描かれた開口を区別せよ。なぜ近景だけではこの壁画の働きを説明しきれないか。

照合の手がかり

実際の窓は壁を貫き、絵の窓や列柱は顔料で平面上に描かれる。近景だけでは寝室の大きさと各壁の対応が消える。

言える範囲

Metの写真は現在の移設室。床や照明を紀元前の確実な復元と扱わない。

SOURCE REGISTER

出典・図版

  1. [1] The Metropolitan Museum of Art — 寝室Mの所蔵個票・解説
    https://www.metmuseum.org/art/collection/search/247017
  2. [2] The Metropolitan Museum of Art — 2007年の再展示と2010年の仮想モデル
    https://www.metmuseum.org/perspectives/virtual-tour-boscoreale
  3. [3] The Metropolitan Museum of Art — ボスコレアーレの壁画・第二様式
    https://www.metmuseum.org/essays/boscoreale-frescoes-from-the-villa-of-p-fannius-synistor