Volume 01 / Space & Art / Chapter 16

客間は、
なぜ一室で
人を迎えたか。

床の高さ、座る場所、壁の棚、文字と光。ダマスカスの客間を、現在見える姿とその成立の証拠を分けながら読む。

見る同じ室の全景と細部を往復する
分ける原室・後世の改変・展示上の補完
判断する資料が言える範囲で説明する

制作メンバー向け。図版と記録を往復して読む。

現在The Metに再設置されたダマスカス室を斜めから見る。手前の低い前室と一段高い座る領域が見える。
現在の館内再設置/同一室の斜め視点。The Met, Damascus Room, 1970.170, image DP239312, Open Access (CC0)。画像について
01 / WHAT IS SEEN

まず、何を見ているか。

これは「1707年の部屋をそのまま撮った写真」ではない。

The Metに置かれたこの室は、ダマスカスの住宅にあった冬の接客室 qaʿa の木造装飾を核にする。壁龕上の銘文が、木工の大部分を1119 AH/1707 CEと年代づける。一方、写真に写る床・泉・タイル・入口の見え方は、別時期の改変や館内での再設置を含む。[1][2]

まず写真を上下で読む。手前の低い前室が ʿataba。段を越えた奥が方形の高座 tazar。壁沿いの座る場所、造り付けの棚、戸、下の窓と上の色ガラス窓は、離れた装飾品ではなく同じ室の構成要素である。[2]

この章の問い
一室が客を迎えるとき、空間・家具・文字・光はどのように働きを分担したか。

同一室/現在の展示正面から見た全景前室の泉、段、高座、壁沿いの座、棚、高窓が一画面に入る。ただし写っている物の全てが1707年制作ではない。The Met, 1970.170, DP240367 / CC0。個体記録 [1]
① 前室 ʿataba

中庭側から入る低い領域。現在の泉の来歴は確定していない。

② 段と高座 tazar

一段上がって客が座る。現存の段の石材は別邸由来の補完を含む。

③ 棚・戸・腰掛け

見せる、しまう、座る行為を壁と一体で支える。

④ 文字と高窓

詩の帯、表面の輝き、色ガラスの光が視線の高さを変える。

写真から見える

段差、壁の開口、棚と戸、色ガラス、現在の展示物の配置。

館の研究で分かる

木工の銘文年代、各部材の来歴、再設置に伴う補完や変更。

ここでは分からない

元住宅の正確な平面、当時の持主、1707年の全家具の置き方。

02 / THRESHOLD

段差は、接客の境界だった。

元の住宅では中庭から前室へ入り、段を上がって座る領域へ移る。現在の鑑賞位置を、そのまま当時の客の視点に置き換えることはできない。[1][2]

同一室/現在の展示A 高さの差写真で確認できるのは、前室・蹴上げ・高座の関係。泉・床・蹴上げの素材を制作当初のままとは呼ばない。The Met, 1970.170, DP239312 / CC0 [1]
同一室/現在の展示B 外との調節下部の格子窓と戸。館の研究は、窓を光と空気を調節する仕組みとして説明する。The Met, 1970.170, DP248010 / CC0 [2]

館の研究によれば、同時期の接客では客は前室で履物を脱ぎ、段を上って低いソファやクッションのある高座へ進んだ。飲み物や香炉などは運び入れられたと説明される。これはこの類型の使い方の説明であり、この特定の部屋での接客を撮った記録ではない。[2]

The Metの現在の鑑賞用開口は、元の住宅では戸棚のある壁だった。したがって正面写真は、建築を読むには有益でも、元の訪問客の視線を再現しない。元住宅の敷地全体の図面も確認できない。[1]

空間を読むときの操作

高さの差は写真で見る。誰が、どの順に通ったかは史料で読む。

03 / FURNISHING

棚は、壁に埋め込まれた什器だった。

接客室の収納は、あとから棚を買い足すという関係だけではない。座る場所と棚・戸が壁面の中で位置づけられている。[2]

同一室/現在の展示見せる棚と、座る位置上段の壁面には開いた棚と閉じた戸が並ぶ。写真内の陶器などは、当初のこの家の所持品とは確認できない。The Met, 1970.170, DP247998 / CC0 [2]
同一室の部材/後代の改変閉じる戸にも時代がある建築の小景と大きな金色の円形装飾をもつ戸は、館が後の18~19世紀の改修に属すると説明する。The Met, 1970.170, DP247982 / CC0 [2]
位置館の研究が示す典型的な使い方この写真で言えること
前室側の棚飲み物・香炉など接客に使う品の収納。室の壁面に棚が組み込まれている。個々の展示品が原所持品とは言えない。
高座側の棚陶器やガラス、書物など大切な物を見せる場。座る場所から見える壁面に、開いた棚と閉じた戸がある。

「前室=実用品、高座=珍蔵品」はThe Metによる当時の接客室一般についての説明。個別の棚に置かれていた原品目録は示されていない。[2][3]

什器と家具の接続

壁の棚は所有物を見せる。段の上の座は、それを誰がどこから見るかを決める。

04 / SURFACE & VOICE

光は表面を変え、詩は壁を巡る。

色ガラス、盛上げた彩色、金・錫の反射、詩文の帯。目に入る順番と強さは、室内のどこに立つかで変わる。ただし現在の暗い色を当初の色としない。[1][3]

同一室/同一写真の部分拡大文字の位置を指す壁面上部の詩文帯。画像は第03節左と同じ写真の一部を表示で拡大したもの。字義は館の研究による。The Met, DP247998 / CC0 [3]
同一室/細部光を通す高窓の色ガラス。下の格子窓と合わせ、開口には異なる役目がある。The Met, DT262294 / CC0 [2]
同一室/細部光を返すʿajami の盛上げた彩色。木の上の石膏、箔、透明な着色層と卵テンペラが質感を分ける。The Met, DT262286 / CC0 [4]

木工に施された ʿajami は、石膏の盛上げと金箔・錫箔、透明な着色層、卵テンペラを組み合わせる。反射する箇所と艶を抑えた箇所が隣り合う。しかし後に繰り返し塗られたニスは暗く変色し、今見える色は1707年の鮮やかさと異なる。[3][4]

壁と天井の帯には詩文が続く。The Metの解説は40連を数え、保存研究は二つの詩と独立した対句を区別する。庭の比喩、預言者への賛歌、家と持主の称揚を単なる模様に置き換えると、客を迎える室が伝える信仰と家の威信を取り落とす。詩人や持主の全てが判明したわけではない。[3][4]

比較の限界

現在の写真から、当時の室の照度、日の差す角度、すべての色を復元しない。写真は表面の位置を示し、制作時の見え方は材料研究・同時代記録と分けて検討する。

05 / LAYERS OF TIME

一枚の写真に、別の時間が重なる。

この室の木工は大部分が同じ歴史的室内から来た。しかし現在の展示を構成する全要素が同じ家・同じ年に属するわけではない。[2][4]

現在の展示/来歴が混在床・泉・段高座の赤白大理石床と段の立上りには別のダマスカス邸由来の部材がある。泉がこの木工と同じ室から来たかは不明。The Met, DP247979 / CC0 [2][4]
現在の展示/館内で組合せ壁龕 masab下部の青白いタイルはThe Met所蔵品から1970年代の展示に組み込まれた。壁龕全体を1707年のままと呼ばない。The Met, DP247997 / CC0 [2][4]
同一室/後代の改変戸の意匠この意匠は後の18~19世紀の好みを反映する、と館は判断している。古い部材の中にも歴史的な更新がある。The Met, DP247982 / CC0 [2]
1707銘文が木造装飾の大部分を年代づける。
18~19世紀室内の修理・改変。戸などに後の好みが現れる。
1930年代原位置から外され、1934年にニューヨークへ。
1970年代美術館に設置。別邸の石材などを組み合わせる。
2008年以後解体調査を経て、木工の配置を検討し再設置。

1930年代の原位置写真と1970年代展示写真はThe Metの保存研究に掲載されるが、それらの図版には別の著作権表示がある。この試作では転載せず、原論文 [4]へリンクした。現在写真と史料写真を同じ権利扱いにしない。

歴史を読むときの操作

「一室」は一時点ではない。どの部材が、いつ、どこから来たかを一枚ずつ追う。

06 / COMPARISON, NOT RECONSTRUCTION

似ている別個体は、復元品ではない。

同時代・広い地域圏の物を並べると、技法や使い方を考えやすくなる。同じ客間にあったという証拠にはならない。

同室の画像群から切り離して読む二点

別個体/元の室の部材ではないWindow, 18世紀エジプトまたはシリアに帰属するThe Met所蔵の窓。色ガラスという材料を見比べるための対照であり、ダマスカス室の窓の復元図ではない。The Met, 93.26.3, DT202037 / CC0 [5]
別個体/元の室の備品ではないCushion Cover (Yastik), 17~18世紀トルコに帰属するThe Met所蔵の織物。座る道具の別の地域の実例であり、この部屋の座具と断定できない。The Met, 1970.65.10, sf1970-65-10a / CC0 [6]
比較の型できることできないこと
同じ室の異視点床・壁・棚・窓の相互位置と、現在の展示状態を確認する。写真だけで原住宅の動線や1707年の全調度を復元する。
来歴の異なる部材一室が歴史的改変と博物館の補完を含むことを示す。見た目が調和するから同年制作と判断する。
別個体の対照材料・使用の可能性を、出自を保って比較する。似た形から、この客間で実際に使ったと結論する。
第16章の結論

客を迎える行為は、前室から高座への移動、座る位置、見せる棚、光を受ける彩色と詩文によって支えられていた。ただし現在の室は、1707年の木工を核に後代の改変と館内再設置を重ねた姿である。

07 / READING PRACTICE

三つの短い読みの演習。

正解の様式名を探すより、写真で見えたこと・館の記録で知ったこと・まだ不明なことを分けて答える。

PROMPT 01

正面写真で、接客の順番をどこまで説明できるか。

写真に印を付けるなら、低い前室、高座、段をまず示す。

考える手がかり

高さの差は写真で確認できる。元の入口位置と履物を脱ぐ慣行は館の研究による。現在の鑑賞開口から当時の客が見た景色を断定しない。[1][2]

PROMPT 02

棚の陶器を、この家の所持品と書けるか。

「棚がある」と「そこに今ある物の来歴」は別の主張である。

考える手がかり

棚の位置は同一室の写真で示せる。展示中の陶器などがこの家の原所持品という個別根拠は示されていない。[2]

PROMPT 03

別個体の窓を、復元品と読ませないキャプションは。

個体番号、産地・年代、比較の理由と限界を一緒に書く。

考える手がかり

例:「The Met 93.26.3。18世紀、エジプトまたはシリアに帰属。色ガラス技法の対照で、ダマスカス室の原窓ではない」。[5]

出典・図版

  1. [1] 個体 The Metropolitan Museum of Art, “Damascus Room”, 1970.170。現在の館内設置、銘文年代、材質・平面上の注意。
  2. [2] 室内の読解 Ellen Kenney, “The Damascus Room”, The Met, 2011。前室・高座、接客、窓、後補部材。
  3. [3] 館の調査 The Met, “Damascus Room”。詩、表面、来歴、再設置、部材移動。
  4. [4] 保存研究 Baumeister et al., “A Splendid Welcome…”, pp. 126–133。1930年代写真、1970年代の設置、材料研究。
  5. [5] 対照の窓 The Met, “Window”, 93.26.3。別個体。
  6. [6] 対照の布 The Met, “Cushion Cover (Yastik)”, 1970.65.10。別個体。
  7. [7] 画像の状態 The Met Open Accessと各個票のPublic Domain表示。使用画像の直URL・個体番号は同梱の 画像台帳に記録。
図版の境界

主写真はThe MetのOpen Access個体画像を使用。1930年代の原位置写真と1970年代の展示写真は保存研究に掲載されるが、各図に別の著作権表示があるため本試作には転載していない。原住宅の実測平面図も確保していない。